東北震災支援活動

震災被災地での支援活動

大船渡、住田町で
釜石、大槌で 県立釜石病院
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宮城県 気仙沼での活動
2012年6月16-17日気仙沼市立病院で「災害看護学会」の研修会があり、被災された方をケアにあたった医療者を対象に講演と瞑想療法を行いました。 その講演の前に海岸へ出向き、犠牲者のご冥福をいのりました。 研修後は、発災直後から神戸地区からボランティアで支援活動に入っている看護師黒田裕子さんのグループの拠点となっている百瀬地区仮設住宅を訪問しました。そこでは、身障者の仮設住宅や運営についてのさまざまな取り組みや課題をスタッフから聴かせていただきました。
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福島県での活動
双葉郡川内村 2012年6月18日
東電原発5キロ圏内に隣接する川内村にいってきました 。
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京都大学大学院医学研究科の小泉教授が村の要請を受けて、学内でプロジェクトチームを立ち上げ、村内の環境、食物、生活、精神面の支援調査活動をします。 18日は役場職員との情報交換、住民説明会をひらきました。昨年3月から厳しく大変な行政、住民の血のにじむような戦いの2年を聴かせていただきました。TVや新聞だけでは聴けない、津波被害とは異なるものー長期にわたるそこに死と隣り合わせの死に物狂いの本当に生きざまをまざまざと教えられました。
会合の後で、村にある真言宗、曹洞宗の2ケ寺を訪ねました。住職、寺族とも仮設へ移動しておられましたが、今日は役場からの説明会があるとかで、両寺とも住職さんがいまして、震災後のお話をお聞きしました。
檀家も避難して法事がなくなり、寺の収入は激減で大変だそうです。
真言宗智山派のお寺では、境内を除線作業中で10センチほどの」表土をはがす工事をしていました。裏庭の除線箇所を説明しながら
「こんなんでセシュウームが完全に無くなることはないです。気休めかも」と住職のつぶやきは、原発事故と今後50年以上も付き合っていかなければならない住民の苦悩を垣間見た気がしました。
今日はあえて作務衣で参加し、大学講師ですが住職もやっていますという自己紹介が、なぜか親密感をもっていただいたようで、あとで副村長さんからは「ときどき来て仮設や住民の話を聴いていただくことや講話をお願いします」いまは活動しても大丈夫です。内部被ばくは大気食事を含めて極めて微量です。外部被ばくは少しは高くなりますが最大でも年間5mSV程度です。今回の2日の滞在で5000x2/365ですので、27マイクロシーベルト程度です。野菜中の40Kの約1/5程度です。 全く関係ないとおもっていた「放射能」と今後50年は付き合っていかねばならい人々のスピリチュアルペインを重く受け止めました。 ますは2年間のお付き合いになります。
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宮城県 仙台での活動 2012年2月11日と19日
仙台でスピリチュアルケア講演、瞑想療法などの活動を行いました。 11日は岡部医院こと医療法人爽秋会の職員研修で講演しました。 岡部健理事長さんのご案内で通称「岡部むら」への訪問や、スタッフで津波でなくなったW看護師さんの遺影で、お参りをさせていただきいただきました。 19日は、日本ホリステック医学協会仙台事務局主催での「苦難からのリカバリー」などについて、講演をしました。最後は仏教音楽声明とクリスタルボール(遠藤園子さん)とのコラボレーションがありました。 
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岩手県 大船渡、釜石、大槌町での活動


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ケアする人のケア

NPO法人日本スピリチュアルケアワーカー協会のメンバーが中心となって、東日本震災において大きなダメージを受けたケア提供者のためのセミナー「癒す心・癒されるこころ」と題して実施しました。

平成23年12月11日(日)と12日(月)で、会場は11日、岩手県立大船渡病院講義室 12日は県立釜石病院講堂でアロママッサージ、講演、音楽療法を実施しました。また12日の昼間は釜石の仮設住宅のサポートセンター平田地区、日向地区、大槌町三枚地区で音楽とお話の集いを開催しました。この活動のきっかけは当協会副会長の大下が、震災前の昨年10月に盛岡市で開催された日本死の臨床研究会全国大会の講師で参加したときに、会場係りなどで知り合った北上市の医師、看護師との連携によってご縁ができ、直接津波の影響を受けなった北上市を中心とする医療ネットワーク「つなげるつながる委員会」(事務局:訪問看護ステーションあゆみ)と当協会の主催によるものです。

またこの事業には、高野山災害対策本部、財団法人磯野ケアの資金支援もあり、現地では岩手立大船渡病院、県立釜石病院をはじめ岩手県介護支援専門員協会、気仙介護支援専門員協会、岩手県訪問看護ステーション協議会、不動寺などの後援を頂いての開催となりました。

プログラム案は、それぞれ昼間50名(大船渡病院)、夜60名(釜石病院)の実施でしたが、初日にはつなげるつながる委員会の代表者の開会挨拶後に、癒しのギタリスト小馬崎達也さんが、編鐘をとギターで音楽療法をして集まったみなさんに心をほぐしていただきました。

その後は当協会会長の山添正が、自身の心の痛みの体験を話されたあとで、ロールレタリングという心理療法を説明し、実際に参加者の手紙を書いてもらってセラピーを行いました。その後大下が講演と音楽を活用した瞑想療法の実習を行いました。

今回は両病院も震災後の院内での研修会は初めてで、これまで患者さんや家族のケアに費やされてきたことで、ケアする側のスタッフの課題には取り組めなかったということであった。

そして最初の研修を「職員の癒しのセミナー」としてできたことをたいへん貴重な時間であったと今回の会をお世話してくださった大船渡病院のМ医師は「癒しのアロマや音楽、お話で本当によかったです」、釜石病院の緩和ケアK医師は、「自分自身が癒された」とお話されました。大船渡病院ではできれば年2回ほど実施してほしいという希望があり、釜石病院長も「ぜひ再びきてほしい」と要望がありました。

 釜石と大槌の仮設住宅サポートセンターでは、高齢者を中心の参加者でしたが、スタッフも家族を津波で失っている人も多く、癒しのプログラムで「とても楽になりました」とプログラムが終わってからお話される方もいました。個々にはまだまだ癒されない深い悲しみや憤り感があり、今後これらのスタッフに対する心のケア、スピリチュアルケアがもっと重要になって来ると予想されます。

 特に現地の実情に即応した、きめの細かい配慮ある活動が望まれます。

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宮城県 女川町の仮設住宅で足湯ボランティア活動 2011,8-3-6

8月3日より宮城県女川町で学生を引率して、仮設住宅でのボランティア活動しました。 私が講師をしている名古屋大学の学生と世田谷ボランティア協会理事長兼昭和女子大学教授の友人の指導する学生とのシニア含めて34名の混成チームで、5箇所の仮設住宅を足湯やカフェーの設置で活動しました。 活動2日目は、2件の新規の仮設住宅地を含めて、3か所の仮設住宅を、10人程度の学生、シニアボランティア混成チームで行きました。私が引率した第3グループは、○○地区の津波被害に遭われた住民が山側の2か所にある仮設住宅に入っていました。そこでは少人数でしたが、子どもがすぐに集まってきて、学生たちと遊び始めました。おばあちゃんと3歳の弟を亡くした、小学生のO君は、くったくのない表情で、おじいちゃんとやってきました。学生が個別に案内チラシを個別に回りますが、それより先にそのおじいちゃんが真っ先に足湯に参加してくれました。学生やいのちサポート飛騨のメンバーが、おじいちゃんの語りに耳を傾けました。学生とシニア(おかあさん、おばあちゃん相当)との混成ボランティアは、被災者の立場と微妙にマッチして、自然な交流が生まれていました。 震災後に赤ちゃんを産んだお母さんがあかちゃんを連れて、集会所にやってきました。さきほどのOくんの親さんです。子ども津波で亡くした直後に赤ちゃんを産んだー複雑なおかあさんの表情には、疲れが見られました。「足湯はいかがですか?」あかちゃんは、シニアボランティアが目の前で、足湯の間もしっかりと抱いていて、しばし若いお母さんは休息を取りました。 最後の方で、区長さんがきて足湯と学生のマッサージを集会所内で受けていました。なにげなく語りかけると、女川町役場の前職員でAさんでした。いろんな話の中で、仮設住宅の将来の課題を語ってくださいました。このAさんは、高山へ避難した○○さんとは知友の中で、そのとき私が、震災後に飛騨で知り合うことになった○○さんに携帯で電話して、懐かしく話し合っていました。 「また高山へいきたいよな。おれの新婚旅行先だった、25年もまえだもんな」。ぽつりとなつかしいよき時代を語るその目は潤んでいました。 高山と女川はずいぶん離れていますが、今日ほど近い存在にあるご縁を感じたことはありませんでした。震災の苦痛を乗り越えるこころ支えは「つながり意識」だと、現地の方に教えられました。
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仮設住宅で
東日本大震災における釜石地区での活動報告

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4月3日、ガソリンに気遣いながらも富山、新潟を経由して山形、仙台と入りました。仙台ではまず松谷寛元師を見舞いして、彼の案内で海岸の被災地に足を踏み入れました。若林地区、荒浜地区など大変な状態で1000人がまだ行方不明と彼は語っていました。目をおおうばかりで、涙が止まりませんでした。

地震で建物内部が壊れた大崎の高野山真言宗弘法寺で泊りました。この寺は高野山災害対策本部の現地拠点となっており、多くの支援物資が集められ、またそこへ全国のボランティア活動する僧侶などの中継地点にもなっています。

宮城から岩手県に入り、遠野市の災害ボランティアセンターで情報を集め、釜石に入りました。

今回は飛騨や全国のネットワークから呼びかけで集まった支援金(4/20日現在で185万円余)やお米(約400㌔)を2回に分けて大下と関が運びました。 今回は高野山真言宗ボランティア会、地球人ネットワーク飛騨、いのちサポートひだ、そして日本スピリチュアルケアワーカー協会の一員として現地に赴きました。

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幸い被災を免れた釜石市内にある同じ真言宗の不動寺を拠点に、釜石市災害対策本部や保健所などを回って情報収集、淀川キリスト教病院から医療チームとJACS(日本キリスト教海外医療協力会)が、被災した釜石教会を中心に動いていて、宿泊所がないとのことで、その真言寺院に一部が寝泊まりしていました。  主に夜間にそのJACS医療チームの中に入って、避難所を3か所まわり、一人30分くらいの傾聴をしました。津波の被害時の様子や家族を失って、辛い気持ちを淡々と話されました。

今回NPO会員である医師にも同行いただき、釜石保健所、市役所対策本部の医師部長、ボランティアセンターなどで、心のケアなどの対応について、相談してきました。

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最初は行政もやっとの対応で(職員自身も被災した人が多い)、仕事を増やしたくないようでした。しかし後日になって、保健所の保健課長から連絡があって、「傾聴活動はボランティアセンターに登録して活動していただきたい」との返答があり、事実上の活動許可がでました。

すでに、私は前夜に避難所を回り、何人かの被災者とも面談しました。避難所生活が一か月になろうとしているので、ストレスがいっぱいです。しかし東北人は我慢強いです。それだけに大変なのかと思います。

家族を失った方の悲痛な思いを聴かせていただきました。先祖からの津波の言い伝えを聴いていて助かった人も多かったようです。「楯の大きい地震は、大きな津波がくるから、一刻も早く山へ登れ」といったようなことでした。  避難所暮らしも一か月になろうとしていて、ある男性は「ストレスが限界です」とも云われました。神戸でもあったように、まだまだ先行きが見えないいらだちが、一層避難所のくらしが厳しいものになっています。  大阪市医療センターのスタッフが常駐する避難所を訪ね様子もうかがいました。学校が避難所になっているために先生方にもいろいろな思いがありました。  最後に2か所の遺体安置所へ出向きました。受付で警察官に許可をもらい、法衣に着替えて、まず入り口近くの祭壇で全体的な祈りをしました。その後に、1人一人の棺の前へ行き、再度丁寧に冥福を祈りました。

身体が完全に揃っていない棺もたくさんあります。体育館に何十体ものお棺が並べられている異様な情景です。ドライアイスもなく、気温が上がってきて、すこし匂いがでてきたようです。  僧侶である私にできることは真摯にまずは祈ることでした。 私の読経と祈りに警察官や役所職員も全員が起立して、静かに見守ってくだっていました。 一番辛いのは遺族であり、未だに家族の消息が見つからないことです。さらに救援や遺体収容している自衛隊、警察などの人たちも辛いのです。彼らの手を合わせたその真摯な姿勢に頭が下がります。 事実は残酷ですが、今できることをすることしかありません。

釜石の真言寺院の副住職森脇妙智さんは教育カウンセラーの資格もあり、今後におけるNPO活動の方向性をご理解いただき、会員として活動のコーディネーターをやっていただけることになりました。

今後現地での心のケアのボランティア活動を希望する方は、私に相談してください。不動寺には外からのボランティア用に10枚の布団を高野山で用意してあります。いつも3~4人が常駐していますので、そのあたりのコーディネイトが必要なのです。

現地で活動することが、大事な学びになることはいうまでもありません。

釜石には車なら東北道を北上市でおりて遠野市を越えて、仙台から2時間半です。新幹線で行くこともできますが、途中からレンタカー、バス、列車などでの移動が必要です。

下記は大まかな活動をまとめました。

日程:23年4月4~21日

場所:釜石

活動内容

1、力仕事

①    物資の搬送

②    家の片づけ

③    ドブさらい

④    掃除

⑤    避難所の食事準備

 

2、僧侶の仕事

①    遺体安置所での読経

②    避難所での相談

③    児童74人亡くなった小学校での供養

3、鍼灸師・按摩マッサージ指圧師の仕事(関)

①    避難所4か所(大小あるが一か所約100名)を毎日巡回(一日約20人、合計で200人 )

・家族を亡くした悲しみを吐露される方があり、傾聴に移ることもあった。(約30人)

・精神疾患の患者さんに精神科医と組んで関わったケースあり。

毎日の取り組みで服薬治療へつなげることができた。

②    ケアする側のケア(5人)針、マッサージ

③    往診(3人)針、マッサージ

 釜石でのスケ―ジュール

6:00 朝勤行

7:30 朝食

9:00 教会にてミーティング

9:30 ボランティア活動

12:00 食事

13:00 避難所巡回

17:30 夕食

19:00 教会にて分かち合い

22:00 入浴23:00 就寝


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5月18~20日の足湯活動 心の相談員養成講習会(2001~2010)を終了した若手僧侶、看護師を中心に組織した「高野山足湯隊」(辻雅栄隊長)で、今回福岡南福寺住職の渡辺弘敦師を隊長に8名のメンバーで3か所の避難所で足湯と傾聴活動を実施しました。
海岸で慰霊のための読経供養




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