目次
多宝塔建立の発願
千光寺の伽藍は、永禄七年に武田勢の兵火によって全山焼失したと伝えられ、江戸時代に、高山城主・金森頼直公が名刹を偲んで本堂を再建したことを始めに、高山の旦那衆と民衆の手によって450年を経て徐々に再興されてきました。近年は、極楽門や金剛堂が建てられるなど、復興と整備が進んでいる中で、唯一再建が待たれているものが多宝塔です。千光寺を懐古した絵図には、本堂の近くに多宝塔が描かれており、この多宝塔建立によって、千光寺伽藍は一つの完成形を見ます。
千光寺懐古図(部分)
多宝塔の由来
多宝塔の名前の由来は、法華経に登場する多宝如来の説話によりますが、他にもいくつかの起源があります。真言密教における起源は、金剛峯楼閣経に説かれる瑜祇塔や、南インドにあったとされる南天鉄塔といった円筒形の塔にあり、そこにあった大日如来の教えを記した経典が、数代を経て弘法大師・空海上人に受け継がれたとされています。日本においては、弘法大師が高野山に建てた根本大塔(毘盧遮那法界体性塔:びるしゃなほうかいたいしょうとう)が始まりで、大日如来を中心とした曼荼羅世界のシンボルとなる重要な宝塔です。
ここにしかない多宝塔でつながる仏との縁(えにし)
この度、千光寺に建設する多宝塔は、経典や仏を安置する単なるシンボルとしての存在だけではなく、仏と縁をつなげる儀式:灌頂(かんじょう)を行うことを目的としています。高野山根本大塔をはじめ、各地の多宝塔や瑜祇塔、奈良の古寺の多重塔を参考にしつつ、山寺に見合ったコンパクトな大きさながら、裳階をつけて内部を広くとって儀式を行うことができるように設計しました。内部は大日如来を中心に多くの仏が並び、金剛界・胎蔵の両部曼荼羅の思想を現わした内部空間が構成されます。そこからあふれ出る教えはこの世の真理そのもので、ここでの仏とつながる体験は、自分と宇宙の大いなる命とのつながりを感じるものとなります。
今、世相を見るに、疾病や戦争が暗い影を落とし、人口減少や自然災害が人々を疲弊させ、物と情報は豊かになっているにもかかわらず、人々の心には不安と閉塞感が蔓延しています。このような時代にこそ、仏の教えは、救いと命の真理を求めるすべての人に開かれ、平和を求める私たちにとっての重要な道標となるはずです。リアルな体験によって、すべての存在がつながり、バランスの中にあることを知れば、自分たちの進むべき道が自ずと開けます。この多宝塔の建立と、仏とつながる体験を機に、苦しみの中にあっても千載一遇の時代に生きていることに感謝し、ともに命を生かし輝かせる決意を新たにしましょう。
奉納写経のすすめ
この度の多宝塔の建立に当たり、御写経の奉納を勧めます。
疫病が蔓延し、世の中に暗雲立ちこめる平安時代、弘法大師・空海上人のすすめによって、嵯峨天皇は自ら筆を握って般若心経を書き写されました。その嵯峨天皇の御子、真如法親王の開基と伝わるこの飛騨千光寺でも、御写経の奉納が行われてきました。令和7年に本堂を修理した際、壁の下地紙から江戸時代に書かれた写経紙が多数発見されました。また、明治時代に建てられた光明真言塔の移設に当たって調査したところ、石にお経や真言を書いた経石が約1万個も納められていました。これは、当時の人々の祈りの形をうかがい知るとともに、時代を超えて未来に生きる私たちに託された希望です。
皆様の御写経と願いは塔の中に永代に納められ、次世代への希望として受け継がれます。あなたは今、何を願い、祈り、伝えますか。その願いを御写経という形にして、未来に託しましょう。
お写経のお申込みとご奉納の流れ
奉納料 1巻 2,000円(用紙代含む)
- 御写経はできるだけ千光寺の専用用紙で御奉納ください。
- 用紙は、メール・電話でお申込みいただけます。
- 一巻2,000円の奉納料と引き換えに写経用紙をお渡し(または郵送)します。
- 書きあげましたら、千光寺へお送りください。
- お写経を受領しましたら、奉納枚数を受領書にてお知らせいたします。
- お写経は、奉納箱に入れて本堂に仮安置し、多宝塔建立後は塔内に安置します。
お問い合わせ先
〒506-2135 岐阜県高山市丹生川町下保1553
千光寺 多宝塔お写経 係
電話 0577-78-1021
メール jimusyo@senkouji.com
奉納料のお振込み
郵便振替口座 千光寺 00870-3-4509
通信欄には「御写経 希望枚数○○枚」をご記入ください。












